2007年12月18日
「ヒラメのおでん煮」飯

お品書き:ヒラメとおでんのウズラ厚揚げとモチ巾着をおでんスープで煮たもの.白米
改めてヒラメという魚を実際に見ると,
本当に生命の神秘を感じますね.
進化論という立場から,
海底にへばりつくために目の位置を変えたとはいえ,
キリンの長い首や象の長い鼻と同じように,
環境に適応することの不思議を感じます.
例えば,ヒラメがある魚から進化したのなら,
右か左かの一瞬の判断でカレイと生き別れた存在ということになります.
いや,もしかしたら,
ヒラメとカレイが元祖の存在で,
元々,魚とは海底に這いつくばっていた生き物かもしれません.
以前,NHKの番組で,
生命の起源を探っているという若い学者が,
「生命の起源は一つではない」という主張をしていました.
それを聞いたときに,
私は,自分が「今存在する多様な生命が一つの存在から生まれた」という
“幻想”に捕われていたことに気付かされました.
生命の起源が複数回起きていたとするなら,
今,この瞬間に次世代を担う
生命が誕生していたとしても不思議ではありません.
とすると,私もしくは,あなたが
新しい生命の起源かもしれません.
もしや,昨日の私はホモサピエンスの代表格でしたが,
日付を跨いだこの瞬間に,
私は新しい生命の起源になっているのかもしれません.
ならば,“進化の瞬間”を決定するものは何であるのか?
おそらく【意志】ではないかと私は思います.
海底にへばりつきたいという【意志】を持った瞬間,
首を,鼻を伸ばしたいという【意志】を抱いた瞬間,
ホモサピエンスを超えたいという【意志】を誓った瞬間,
今,この瞬間に私たちは“進化”しているのです.
そうでないなら,私たちの行為は,
あまりにも報われないではありませんか?
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